(H14//02)投稿
15年前のお話
忘れもしない3月3日
無医村育ちの私は医者しらすで、25年間すごしてきました。
風邪も一晩でなをしちゃいます。薬も飲みません。
しかし、15年前の3月3日
それは突然やってきました。
激しい激痛におそわれたのです。
おなかが痛くて脂汗がでてきます。ちょっと痙攣も・・・。トイレで吐きまくり。
『やばい!!(泣)』。途方にくれたいましたら会社の友人が「病院にいきなっ!」
(怒)といわれました。「そうだ、病院があった。」(笑)
すぐ近くの病院にタクシーで友人に連れて行ってもらいました。
緊急入口から入ったのですが、生理中というと・・・生理痛と間違えられたのか?冷たい。
でも、「痛い。痛い。痛い」と騒いでいたら、どうにか婦人科に・・・それでもエレベーターに乗って歩くのも苦痛で、崩れ落ちでいたのですが待合室で待たされ。『痛みと悲しさが・・』あふれます。
やっと、診療室まで私の大声が聞こえたのかっ。
先生に見てもらえました。
『早く、痛み止めをーーー』の私の訴えもむなしく検査。検査。
でも、一番むかついたのはーーー(怒)
意識のシッカリしている私の許可もなく尿管に管(くだ)をとおして尿を採られた事。
痛かった。(妊娠検査らしい。子宮外妊娠の可能性を診たみたい)
怒りと恥ずかしさの中、やっと痛みどめを打ってもらい落ち着いた私は、医者の説明による子宮がうんだらかんだらの話を半信半疑で聞きました。生理痛がなかったものですから〜。
とりあえず、『たいした事ないだろう』と楽観主義の私は会社にもどりました。
その数時間後、また激痛が襲ったのです。
また、緊急入口から病院に行きました。
すでに、時刻は夕方の5時。一般診療も終わってたので緊急対応のお医者様に見ていただきました。
その間もすっと激痛で吐いてます。(吐くものももうなかったけどさっ!)
一人暮らしの私はまた夜に激痛に襲われるのを恐れ入院することになりました。
なんかよくわかりませんが緊急手術?の声もちらほら。
婦人科が満室で産科に入院。
翌朝、快調の目覚め。
しかし、水分を取らせてもらえない。『やっぱ、緊急手術?』
田舎の両親に心配をかけたくなく、近郊にいる姉に電話をしてパンツをもって来てもらった。
姉は妊娠7ヶ月ぐらいで〜しかも2歳の子供をつれて来院。
しってましたぁ〜。妊婦は産科には当時入れませんでした。(今は知らんけどっ)
痛みがまったくなくなったので、よく検査をしてから手術をする事になりました。
『切るなら切れっ』て感じです。(笑)
その後検査。検査。検査って辛い。
手術室待ちで入院2週間後にやっと手術の日がきました。
≪余談ー楽しい入院生活の過ごし方。≫
入院中の笑い話は数知れず。(書くと長くなっちゃうので・・)
暇なので人間観察も結構面白いです。(医者と看護婦編とか/医者と患者の笑い話)
かっこいい先生にアプローチしたり・・・・・(婦人科じゃねぇ〜)
手術前の私は元気でしたので、検査以外の時間はいつも病院内を散歩してました。
病院内の散歩もいろいろなドラマ渦巻く病院内は楽しい。
↓
病室にはほとんどいませんで館内放送の呼び出しもあったらしけど〜
いつも婦人科にいる訳じゃないから知らなかった。
看護婦さんお医者さんにはいつも怒られてました。(病室にいないもので・・・)
話が長くなるので、そろそろ手術編
の前に手術前の説明編
何cm切るか?問題。
手術前日はさすがに興奮するものです。
それなので睡眠薬がもらえます。(眠れないと体力を消耗しますので)
「注射と飲み薬とどっちが好い」と看護婦さんに聞かれました。
「睡眠薬なんか飲んだら爆睡して、おねしょとかしないの〜」と心配を口にしました
ら爆笑。爆笑。
『な〜んだ。そんなには効かないんだ』とひと安心。
もちろん、薬に。(注射は痛いもん。)
さわやかな朝とともに起床。午前中の手術でした。
手術室内に入った時は私の興奮もピークに・・・・おしゃべりしまくり・・・・
「うるさいから早く眠らせろっ!!(笑)」と先生。
麻酔科の先生が「は〜い橋場さん。麻酔をかけますから、大きく息をすって〜1〜10まで数えて下さい。」「は〜い」と私。(ドキドキ)「1・・・2・・・3・ 」もやもやっとなってーそこから記憶がありません。
私の記憶するところ一瞬で終わりました。
先にガヤガヤと音が聞こえてきた。
「橋場さん終わりましたよ。」と体を触られたかなっ?
「えっ!もう終わったの?」と私。(でも、口に管が通ってるのでしゃべるの大変)
と同時にお腹に鈍い痛みが〜(思ったより子宮って下にあるんだなぁ〜)という感想とともに、確かに切った感じがありました。
手術用ベットから入院用べっとに移る時、自分から移ろうとしたら怒られた。
麻酔が効いてて元気だった。(術後すぐは自分から動いてはいけません。怒られます。)
病室に酸素吸入?をしながら戻ると家族がお迎えします。
私は元気なのに、とっても心配そうな顔をしています。(それが〜辛かった。)
「もう、帰っていいよ。」サインを家族に出します。声を出すのは、全身麻酔の後はちょと厳しいです。
そして・・・・・わたしの一番の戦いは始まります。
麻酔が効いてウツラウツラと時間が経ちますが、だんだん麻酔が切れていきます。当然お腹を11.5cmも斬っているのですから痛みが始まります。
その前に看護婦さんに「我慢できないぐらい痛くなったら呼んで下さい。2本まで痛み止めの注射を打ちますから」といわれています。(ノルマは2本かぁ〜)と私。
麻酔で記憶はウツラウツラでしたが、1本目はすぐ打ってもらえたのですが〜ぁ。
夜中、激痛で目がさめ、ナースコールを押したのですが・・・・・
「どーしましたか」看護婦さん
「痛いんですけど〜痛み止めを・・・・・」と私。
「ん〜。ちょっと早いわね。もう少し頑張って」と看護婦さん。
「わかりました」と答えた手前
そこからが辛かった・・・・・・。
(神様・キリスト様・お釈迦様どうか痛みを軽くしてください。)
祈った!。祈った!。祈った!。祈った!。祈った!。祈った!。祈った!。祈った!。
本当に痛かった。
(尚、現在の医学では麻酔で痛みは術後もほとんどない様です。)
祈りが届いたのかっ。気が付けば朝になってました。(喜)
痛いのは痛いけど我慢できる程度。(昨夜に比べればないも同然)
さわやかな朝を迎えることができました。
翌日は背中が痛くて「横を向きたい」と大騒ぎ。「起き上がりたい。」とか
「床ずれするよ〜」と騒いでいたら写真を見せられました。本当の床ずれ写真。悲惨です。(泣)
(かなり〜うるさい患者だったと思います。)
とにかく、術後の翌日は背中が痛かった記憶が・・・。
何度も何度も起きおがる許可をいろんな方の求めましたが〜すべて却下。
「明日まで我慢しなさい」
「(シュン・・・・泣)」
術後2日目の朝。
「トイレに行きたい」とナースコールを・・。(くれぐれも初めて起き上がるときは看
護婦さんの立会いの元で・・・と念を押されていたもので。)
それなのに〜朝は看護婦さんは大忙しいっ。よんでも誰もでない。なんかっだれか危篤だったかな?
「もう少しトイレ我慢できない」「我慢できません」「ひとりでトイレに行けます」と主張したところ・・・悩んでるようだったけどやっと許可がおりました。
さすがの私も術後初めての歩行です。
ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり お腹の傷に響かない様に起き上がりました。
冒険のようで、ちょっとワクワク・ドキドキです。
立ち眩みもなく起き上がりベットをゆっくり ゆっくり 降りて行きました。
トイレまでの(そんなにトイレに行きたかった理由ではありませんがとにかく起き上がりたかった。)道のりもゆっくり ゆっくり ゆっくり 歩きました。
起き上がったら真っ先にしたいことがありました。
体重計に乗ることです。(笑)
しかし・・・・・ショック!ずっ〜と食事をしてないのに・・・・手術前と体重が変わらない。
なんのためにあの苦しみに耐えたの?(笑)
せっかく起き上がったので・・・ゆっくり ゆっくり ゆっくり ゆっくり 散歩をしてベットに戻りました。
ちょっと冒険が終わった気分でホットしました。
次は食事です。お腹がすいて〜お腹がグルグルしてます。でも、その前に水の補給の許可が下りません。「おならは?」「10回以上出ましたっ!」と主張しても・・「そう〜」て感じで許可が
その夜・・・・・・・喉が渇いて苦しくて、ベットに起き上がってぼーとしながら、
目の前の花瓶を見つめてました。(もう我慢できない。花瓶の水を飲もう・・・・・)悩んでました。
そこに天使が舞い降りました。
夜の見回りをしていた天使が私の異常な雰囲気を感じたのか。
「どうしたの?」天使。
「喉が渇いて眠れません。死にそうです。」
少し質問をされ「じゃ少しだけね」白衣の天使様は私に水を与え、喉を潤してくれたのです。
私はこの時、初めて分かりました。なぜ彼女達が白衣の天使と言われておるのかを・・・・・。
それまでは吸血鬼と呼んでました。(すぐ検査と言って血を採るものですから)
天使に会えた喜びをかみ締め その後、熟睡。
3日目には、食事にありつき・・・4日目食堂で食事にありつき順調に回復していきました。
術後3日間は点滴を3本すつ打ちました。
抜糸事件。
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